MRを辞めるまでの物語-MR活動編-




無事MR認定試験に合格して一年目のミッションをクリアした僕はいよいよ一人でMR活動を開始しました。

MRを辞めるまでの物語-配属編-

2019.05.29

1.MR活動

1年目

入社して約10ヶ月後から本格的にMR活動を開始しました。

その前からMR活動自体は開始していましたが、MR認定試験の方が大事だったので、そこまで本格的には医療機関を訪問していませんでした。

MR認定試験が終わると他メーカーの同期が「MR認定試験も終わったし同期会でもやろう」と声をかけてくれました。

その同期会に参加すると10数名いました。

「こんなに他メーカーの同期がいるんだ」と非常に驚きました。

自分とエリアがほぼ同じ人もいたので、すごく楽しかったです。

そしてこの同期会を機に結構いろんな人と話すようになり医療機関の情報やMR活動について意見交換していました。

同じ世代の人と話すのは楽しかったですね。(いつも営業所には先輩しかいなかったので)

この頃の会話は「説明会の弁当どこがいい」とか「昼どこで食べてる」とか「会社の先輩厳しいんだよね」などでした。(よく覚えていない)

そんな感じで他メーカーの同期と親交を深めつつ最初の期が終わりました。

結果は大幅未達でした。

前任がいなくて、MR活動も最初はしっかりできていなかったので仕方がないと言えば仕方がないのですが未達という事実は結構きましたね。

同じ会社の同期では予算を達成している人もいたので、自分が達成できなくて「チクショー」と思ったことは今でも覚えています。

上司からは「来季頑張れ」とシンプルに言われましたね。

(新人MRの最初の期は達成しなくても通常そこまで詰められません。)

2年目

次の期はなんとか予算を達成したくて気合を入れて臨みました。

この時はとにかく1日の訪問軒数を意識していました。

とりあえず一軒でも多く周ることを意識していました。

量(訪問軒数)より質(面会内容)とよく言われますが、MR経験があまりない時は量を意識した方がいいです。

面会内容を充実させるのはある程度MR経験を積んでからですね。

そして「説明会をさせてください」とひたすらお願いしていました。

会話スキルがこの時あまりないですし、僕の事も相手はよく知りません。

従って、自分をPRする目的も兼ねて説明会を頑張っていました。

繰り返しになりますが、MR初期は確実に質より量です。

会話もあまり続かないですし、どんな内容が相手にハマるのかわからないので量でカバーすることが大切です。

最初から効率的に活動することは難しいです。

面会して色々話ていく中で

  • どんな知識が必要なのか
  • どんなことを相手は知りたいのか

を学んでいく必要があります。

こんな感じでコツコツ頑張ってMR活動をした結果、新規採用や増量をすることができて、この期は無事予算を達成することができました。

初めて予算を達成することができて非常に嬉しかったですね。

最後の日にうなぎ食べました。

美味しかったです。

うなぎ好きです。

3年目

次の期もやることはあまり変わらずにコツコツ仕事していました。

徐々に顧客から認識されるようになり会社名ではなく名前で呼ばれる施設もできてきました。

この期も無事達成しました。

ただ、入社3年目くらいから伸びが少し悪くなってきました。

理由は大口先をあまり作れずにいたからです。

この時の僕の活動は売り上げが小さい先をいくつも作っていました。

ただ、これではいずれ限界がきます。

そこでこの辺りから戦略を意識し始めました。

具体的には市場が大きい先を中心に訪問して時間をかけて伸ばしていくという戦略です。

結局のところ市場が大きい施設でシェアを取ることができないと大幅な伸びは期待できません。

塵も積もれば山となるといいますが、塵が相当積もらない限り山にはなりません。

丘では厳しいです。

時間はかかりますが、市場はしっかり分析するといいと思います。

ただ数字はある程度安定していたのでこの期もギリギリですが達成することができました。

4年目

この頃くらいから連続達成にこだわり始めました。

次の期も無事達成しました。

活動内容は新人の頃と比べると訪問軒数は落ちましたが、訪問の質は上がり、少ない施設で多くの売り上げをあげていました。

僕の戦略が少しずつ成功し始めました。

とまあ途中までこの期は順調にきていたのですが期の終わりまであと1ヶ月というところでちょっとトラブルが起こってしまい売り上げが大幅に減りました。

ただ、連続達成がかかっていたので鬼詰してなんとかギリギリこの期は達成することができました。

この期が入社以来一番辛かったです。

とにかくお願いして数字を作りました。

連続達成を続けるには詰めのお願いを聞いてもらえる施設があることが重要になってきます。

今回のケースのようにいつ売り上げが下がるかわからないです。

完璧なMR活動をしていても売り上げが減ることはあります。

 

次の期の最初はトラブルの謝罪をしながら活動していたのでかなり精神的に疲れていました。

ここが営業の辛さだと思います。

トラブルを起こすと数字は無くなるのでそれを戻すにはかなりの体力を使います。

これをなんとか乗り切ることができたのは僕がMRとして働いてある程度年数が経っていたからです。

MR経験があまり多くない時にこのようなトラブルが起きてしまうとかなり辛かったと思います。

そのままダウンしていたかもしれません。

このトラブルから僕が学んだことはやらかしたらとにかく謝ることです。

言い訳をしてもあまり効果がないのでとにかくこちらが悪かったと誠意を込めて謝ることが大切です。

その後ある程度こちら側の謝罪を受け入れてくれたら経緯を説明すると効果的です。

相手の怒りが静まらない時に言い訳をしても逆効果です。

熱りがなんとか冷めたところで(入社4年目の後期の中盤)に初めて新薬が発売になりました。

入社以来、新薬が出たことはなかったので僕にとっては新薬の上市に携わる初めての経験になりました。(剤型追加や効能追加はありました)

この発売した新薬が最初全く売れなくて、「これやばいな」と心から思っていました。

新薬を売らないと当然予算の達成は困難なので連続達成も途切れてしまいます。

だから、情報をかき集めて訪問頻度をあげてなんとか新規採用に漕ぎ着けるよう活動しました。

この活動が実り年明けくらいに初めて新薬を新規採用させることができました。(熱意は大切です)

この頃もかなり辛かったですね。

年末年始に一人、ファミレスで勉強していましたからね。

ここまで苦戦した理由は新薬はそもそもの情報量が少ない(開発データくらいしかない)ですし、自分の知識も経験も乏しいので情報提供が既存品に比べて難しかったです。

ただ、一軒採用になると立て続けに2軒、3軒と新規採用になりました。

結果的には新薬の予算もクリアすることができてこの期も無事予算を達成することができました。

この時に6期連続達成をすることができて優秀MR表彰を頂きました。

表彰式に行ったら、新人の頃にお世話になった偉い人がいて「よく頑張ったな」と言葉をかけてもらいました。

あまり褒めない方でしたので結構びっくりしましたね。

また同期も何名かいて久しぶりに色々話ました。

この次の期が僕のMR人生で最後の期になりました。

5年目

この最後の期は新薬の売り上げも順調で既存品はもっと順調でした。

達成率も途中支店1位で今までで一番調子が良かったです。

(そのまま支店1位、全国最速達成でフィニッシュ)

ただ、今までの経験(売り上げが減った経験)もあったので仕事のペースは一切落とさず(むしろブーストした)仕事をしまくりました。

活動内容は特に変えずに一回一回の面会を大切にして基本に忠実にMR活動をしました。

経費も結構使いましたね。

いつ何が起こるかわからないのでうまくいっている時は手を止めずに頑張った方がいいですね。

 

そして期が終わる2ヶ月前に僕の転勤が発表されました。

結果として僕はこの転勤を受け入れずにMRを辞める選択をしました。

MRとして働いた4年7ヶ月はあっという間で非常に充実していました。

新卒でMRになったことは後悔していません。

人の考え方は年が経てば変わるし、周りの環境も変化します。

だから僕はこの選択をして良かったと思えるように日々頑張っています。

MRを辞めた理由に関してはこちらにまとめてあります。

僕が製薬会社(MR職)を辞めた3つの理由

2019.05.31

 




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ABOUTこの記事をかいた人

えるく

製薬会社の営業(MR)をやっていました。自分の興味があることを発信したくてこのブログを作りました。楽しんでください!