MRを辞めるまでの物語




夏の夜風が心地いい季節に僕はMRを辞める決意をした。

そして新卒で入社してから4年6ヶ月勤めた製薬会社を退職した。

僕はMRという職業を通じて多くの人に巡り会えたしいろんなことを学ぶことができた。

ただ、それと同時に失ったものもたくさんあることは事実である。

辞める時に思ったことは製薬会社に入社したことに対する後悔はなかった。

なんというかとても清々しい気持ちだったことは強く覚えている。

1.辞めた理由について

それではまず僕がなぜMRという職業を辞めることを決意したのかについて書いていこうと思う。

その一番の理由は転勤である。

辞めることを決意する少し前に転勤の辞令が出たのである。この転勤の辞令がMRを辞めることを後押しした。

MRにとって転勤は別に珍しいことではなく、入社する際にも人事から「全国転勤がありますが大丈夫ですか」と聞かれて僕は「はい」と即答したことを今でも覚えている。

全国転勤があることに対してはそこまでマイナスの印象は入社時にはなかった。

転勤したとしてもやる仕事は同じくらいに当時は考えていたのだ。

ただ、実際には転勤というのは場合によっては仕事へのモチベーションを相当奪う。

(少し時を戻してみる)

僕は初任地に関してはほぼ希望通りの場所に配属された。

製薬会社に入社すると研修施設に泊まり込みで約半年間、研修を行う。

主にMR認定試験の勉強を中心に行うが、MRとして活躍できるように製品の研修、プレゼンの研修、面会の研修も同時に行う。

そして、研修の最後に初任地の配属発表が行われる。

一応配属についての希望を伝えることができる時間が配属発表前にあったので、「どうせ通らないだろうな」と思ったが自分が希望する場所とその理由について人事に伝えた。

そして配属発表当日まさかの第一希望の支店に配属されることになった。

僕はこの時に自分の希望を通してくれたのだから精一杯頑張ろうと心に誓ったことを覚えている。

そして、支店の配属が決まってからは配属された支店で研修を行った。

僕はこの支店研修期間はすごく楽しかった。なんというか先のことを考えるととてもワクワクして毎日出社するのがとても楽しみだった。

この支店の研修中にどの営業所に配属されるかが決まる。

正直どの営業所に配属されたとしても大差はなかったため営業所の配属に関しては支店の配属よりも安心して聞くことができた。

やがて、配属された営業所に初出勤する日がやって来た。

期待と不安を胸に僕は電車に乗っていた。

ちなみにこの時は家がなく毎日ビジネスホテルに泊まっていた。

営業所が決まるということはやっと自分の家を決めることができるので、長かったホテル暮らしにも終わりが来ると考えるととても嬉しかった。

営業所に出社後はまず家を探すことから始まった。

時間がないためとりあえず何もわからないまま家を決めた。

家が決まると、毎日先輩に同行してMR活動についての勉強をする日々が続いた。

「MRってこんな感じなんだな」としかこの時は思わなかった。

先輩にいくらくっついて同行しても実際に一人でMRをやっていないので、どんな点を吸収すればいいのかよくわからなかったことを覚えている。

唯一僕がこの時に学んだことは「面会する際には受付に名刺を出す」ということのみだった。

あとは先輩といろんな話をしていたと思う。

中には「MR認定試験の勉強をしろ」と言って少し早めに帰宅させてくれた先輩もいた。

ただ僕は早く帰っても勉強などせずにひたすら家の家具をインターネットで探していた。

同行研修が終わるといよいよ自分が回るエリアが明らかになった。

このエリアがまた強烈なエリアだった。

前任者は不在で、営業所のメンバーが少しずつ担当してフォローしていた。いわゆる欠員てやつだ。

従って、数字も非常に悪く、ほとんど回れていない状況だった。

それぞれ自分のエリアがあるにも関わらず人のエリアを担当するというのはなかなか厳しい。

しかも人のエリアで頑張ったとしても自分の数字にはならないので、最低限の仕事しかしないのが一般的だ。

正直数字の悪さには本当に絶望した。

ただ、MR認定試験に合格しなければならないため、仕事はほどほどにして自分の担当を持ってからは主に勉強に時間を費やした。

勉強したおかげで無事MR認定試験には一発で合格することができた。同期も全員合格という結果に終わり研修部への最高の恩返しができた。

何も知らない自分達をここまで導いてくれたのは紛れもない研修部のおかげである。

とりあえず一年目のミッションはクリアした。

MR認定試験が終わってから本格的にMR活動をスタートさせた。

新人が回ったとしてもすぐに数字が上がるわけもなく、僕が予算を持った最初の期は圧倒的な未達で終わった。

ちなみに同じ支店に配属された同期はみんな達成、同じ営業所のメンバーもみんな達成だった。

そう僕だけが未達で終わった。

周りからは「これは仕方がないことだから、気にする必要は全くない」と慰めの言葉をたくさん頂いたが、未達という事実は変わらなかった。

ただ、営業にとって予算がクリアできないというのは本当に虚しいもので理由はあるにしろ「次は絶対に達成する」と心に誓った。

日々の努力も報われて次の期には予算を無事達成することができた。

それと同時にいくつかの製品の売り上げが良くて支店からも表彰された。

この頃は本当に営業の楽しさを感じることができた。

それから僕は一度も未達で終わることなくMRとしてキャリアを積んでいった。

しかし、ある期にとんでもないことが起きた。

それは僕が頑張って通っていた施設の売り上げが突然なくなった

この施設は僕がなかなか強くなれずに苦戦してやっとの思いで売り上げが上がった施設だった。

原因を調べるとどうやら僕の上司が失礼なことをしてしまったとのことだった。

その上司はすでに転勤が決まっていて足りない数字を補うため、僕に相談もせずに数字のお願いをしてしまったのだ。

基本的に数字が足りない際にお願いをして少し補うということ(詰め)自体はよくあることで得意先も仕方がないということでお願いを聞いてくれることもある。

ただ、お願いができない施設も中には存在する。

そのような施設にお願いするとよくないことが起きるのは間違いない。

これを機に僕は上司を信用できなくなった。

営業所の数字は僕が配属された時よりもジワリジワリと悪くなっていきこの期は達成が危うい状況だった。

営業所の責任者である所長は営業所の数字が悪ければ、何としてでも達成しようとするのが普通だ。

この時からMRという仕事に徐々に嫌気がさしてきた。

結局は数字によっていろんなことを管理されてしまう。

正直他の製品の方が優れていても自社製品を採用してもらうためにいろんな営業をかける。

数字が悪ければなおさらのことだ。

数字が吹っ飛んだ際には「周りからは仕方がない」とまた言われた。

せっかく努力してもこのように数字が吹っ飛ぶことも実際にあるのがMRの営業だ。

まだ自分のミスで数字が吹っ飛ぶのならば仕方がない部分もあるが、営業所のメンバーが原因だと非常にやるせない気持ちになった。

僕は努力して数字を上げることがとても好きでMRを続けてきたが、一瞬で無くなる数字を見ていると努力することが虚しく感じてしまった。

頑張ってもなくなってしまうのだから頑張る必要があるのだろうかと。

この時くらいから自分のやりたいことをやる時間を多く持ちたいと少しずつ思い始めた。

そんな気持ちで仕事をしていると、会社のイベントには気づいた時には参加していなかった。

プライベートまで会社の人と過ごしたくない。そんな気持ちが強くなった。

ちなみに僕は営業所のメンバーと旅行に行ったり、よくゴルフに行ったりしていた。

従って、急に付き合いが悪くなった僕を見てかなり追求がきた。

「なぜ来ないのか」と。

答えは単純で「行きたくないから」だ。

だんだんと僕は会社の人と仕事以外の会話をしたくなくなっていた。

そんな僕の状態を見てある日転勤が決まった。フレッシュな環境が必要だという判断だった。(この理由は本当かどうかはわからない。転勤に対する応酬話法かもしれない)

僕はこの時営業成績がトップクラスだった。

僕が今まで試行錯誤を繰り返してきた方法がやっと実ってきたところだった。

転勤が決まって上司からは「新たな環境で頑張れ」と言われたが、全く頑張る気がしなかった。

悪い状態からここまで数字を上げてきた思いもあり、もう少しこのエリアを僕は回っていたかった。

と言ってしまうと単なるわがままになってしまうが、会社にいる以上このようなことはこの先も起こる。

ただ、このエリアを離れてまでMRを続けようとは思っていなかったため転勤が決まった瞬間僕は辞める決意をした。

転勤はフレッシュな環境で仕事ができるというプラスの面もあるが、慣れ親しんだ土地を離れなければならないというマイナスの面もある。

しかも数字がいいエリアに配属される保証は全くない。

その場合また、業務時間外も仕事をしないと数字を短期間に底上げすることは厳しい。

それならば、違う職業で頑張ることも同じではないかと考えた。

2.MRを辞めて思うこと

僕が就職活動をしていた時期の製薬業界は安定を売りにしていたが、今製薬業界は安定ではない。

売り上げが悪くなれば会社の雰囲気は悪くなるし、無駄な仕事も多くなる。

最後にMRを辞めてから思うことは必要以上に気遣いをする必要がなくなったということ。

数字というしがらみから解放されたことで得られることは大きい。

おそらく転勤がなければこのままMRを続けていたと思う。

辛いながらも毎日の業務をこなしていただろう。

転勤という一つのイベントで僕は違う道へ進むことができたのだから自分の行動が正しかったと思えるように日々頑張りたいと思う。

続きはこちらです。

MRを辞めるまでの物語-PART2-

2018.05.30




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製薬会社の営業(MR)をやっていました。自分の興味があることを発信したくてこのブログを作りました。 楽しんでください!!